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片倉小十郎景綱公

印刷用ページを表示する 掲載日:2016年2月3日更新

藩祖・片倉小十郎景綱

 政宗の父・輝宗により若いときから政宗の傅役となってつかえ、常にその傍らにあって生涯を政宗に捧げ尽くしました。雄将の成実、智将の景綱ともいわれました。
 豊臣秀吉、徳川家康も、景綱の実力を認めて、大名として取り立てようとしたものの、首を縦にふりませんでした。1602(慶長7)年、1万3千石をもって白石城を与えられました。
 ひとつの藩内に、仙台城と白石城とふたつの城を構えるのは、例がなかったそうです。これは、家康が景綱を認めていたからとも言われています。

片倉家に関わる史跡

  • 白石城(片倉家の居城)
  • 片倉家廟所(景綱をはじめ、歴代の城主・7代村廉夫人の墓)
  • 喜多の墓(景綱を支えた姉の墓)

片倉小十郎景綱公の画像